アルペン監督のひとり言

チーム新潟応援ブログ

衷心よりお見舞い申し上げます

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3月11日発生の、東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に、衷心よりお見舞い申し上げます。

震災発生時、私は学校の教務室でした。昨日は新潟県公立学校の合格発表の日。本校の合格発表は14:00。ほとんどの中学生が発表を見て、必要書類を受け取って、下校した後だった。新発田市は震度3だったが、長時間に渡る船のような揺れ方。揺れている最中に、震源に近い地域は大きな被害が出ることは容易に想像できた。校内には補習または部活動のために登校していた生徒とが30名ほど。先生方は教務室に召集され、生徒も会議室と図書室に集められた。校舎内の異常の点検と、生徒の帰宅手段の確認が行われた。校舎は家庭科教室に若干のヒビと、床の盛り上がりが確認されたが、それ以外は問題なかった。生徒は保護者の迎えや、教員が送ったりして無事に帰宅することができた。

教務室の非常災害用テレビで刻々と東北地方の被害状況が映し出されたが、津波の威力には愕然とした。車がまるでミニカーのように、そしてまるで映画の特撮のように、あらゆるものが押し流された。僅か1cmでもニュースになる津波が、最初の予想が6m、その後10m以上、そして実際にその規模の津波が到達し、海沿いの街並みを一気に飲み込んだ。東北地方は、先月秋田での国体へ移動するために通ったばかり。仙台空港も仙台港も八戸港も、私には馴染みの深い場所。スキー関係者にとっても同様だ。

帰宅後もテレビの前から離れられなかった。夕食中に、携帯が鳴った。緊急地震速報のエリアメールだった。明け方前には頻繁に鳴り、中越・長野県北部で強い揺れが観測された。幸い実家にも親戚にも被害は無かった。ただ、茨城県ひたちなか市の親戚だけは連絡が取れない。思い出されるのは中越地震。あの時は酷い目にあったが、今回の太平洋側はその比ではない。

明け方のエリアメール以降は眠れず、それからテレビにくぎ付け。10時前に学校から連絡があり、クラスの全生徒と連絡を取って安全確認せよとのことだった。学校に行き、電話を掛けまくり、12時前には全員と連絡が取れて一安心。学校から戻る際には、緊急支援物資を積んだ多数の新潟ナンバーのトラックとすれ違った。

中越地震、中越沖地震で被害を受けた新潟県は、あの時全国から支援を受けた。新潟県は、近年の震災からの教訓で備蓄していた食料を、すべて東北地方に送ることを決定した。国内だけでなく、世界各国からも支援が寄せられ始めている。余震が続いている現在、被害の全容は掴めずにいるが、現時点で死者・行方不明者は1400人以上と伝えられているし、残念ながら数字はまだ大きくなりそうだ。地震被害との闘いはこれから。みんなでできることをやって、復興しましょう。どんなに時間がかかっても。

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Written by アルペン監督

2011/03/12 @ 21:36

カテゴリー: その他

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